午前に他装レッスン。午後に自装レッスン。
他装は当教室を目掛けて遠方よりお越しいただいている美容師さんです。長襦袢を完成させ、着物を羽織って着丈を決めるところまで進みました。
「着付けって、こんなにすんなりいくものだと思わなかったです。だって…」
この<だって>の後に繋がるのは、この生徒様がこれまで見てきた着付けの現場がどんな惨状だったかという話に繋がります。
お客様の着物、腰紐を平気で放り投げる。
罵声がとぶ。
とにかく着付け中、不機嫌な対応をする。
荒々しい。
長年の経験を雄弁に語って聞かせる。
こんなことをしなければ、こんな騒々しくしなければ着付けはできないものなのか。そんなに難しい技術なのか。
と、着付けをなさる先生の姿に、常々懐疑心を抱いていらっしゃったようです。
聞けば聞くほど分かり易い惨劇なので、私としても「それは着付けではないです」とお応えしました。
まず、絶対ものを投げませんし、言葉もお客様の緊張を解く程度にしか発しませんし、気配はお客様を包む空気であることを目指します。それがまつださえこ着物着付け教室の着付け師養成コースの特色と言っていいと思います。
一方。
午後の自装レッスンは初級コース初回の生徒様です。某呉服店の着付けレッスンに通ってみたけど衆人環視の中で指南を受けて落ち着かず、身につくものも無く諦めて、当教室の門を叩かれました。
レッスン開始後1時間30分経った頃に、
「そろそろまとめていきましょう」
とお伝えすると、
「もうこんなに時間経っちゃったんですか⁉︎本当に?先生、サバ読んでませんか⁇」と仰る。楽しさ高じて時間を忘れたようですが、なんてこというんだ笑。
レッスンは長襦袢までいったので、お持ちの着物と半幅帯の着付けをサーブしました^^
長襦袢着て、でも痩せて見えました♪
着物を着て帰れると思ってなくて、すごく嬉しいです。
旦那に見せてあげます。
今日はずーっと着ておきます!
これほど分かり易く喜んでくださる方も珍しいと思うほど、満面の笑顔です。見送った背中が微笑まし過ぎて、失礼ながら笑ってしまいました。
着物が着たい、着られて嬉しい。
多くの場合、それが自装を学ぶことの動機であり、原点です。
他装は、最初の動機こそ自分の為に始まることが多いです。
ただ着せ付けの技術の面白さにハマって、または何がしかの野心や目標を掲げて立ち上がって、生みの苦しみに揺さぶられながら学んでいきます。
そしていつかはただ一心に、お客様の喜ぶ顔を求める着付師になっていく。お客様の「嬉しい」を着付けの技術を通して生み出す、それが本来の目的です。
自装と他装は全く別物の技術ですが、着物というカテゴリーの中で根っこは繋がってると心改まった日。
着物は自分で着て舞い上がるように嬉しくなり、着せてさし上げて心底嬉しくなっていただくものでしょう。
罵声怒声、物が飛び交う中で着付けられて、嬉しいはずないじゃないか。
私なら、着付けの所作美しく、紡ぐ言葉が真摯で丁寧な着付師さんに着付けをお願いしたいです。
尊大なのも荒々しいのも、ごめん被る。
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